スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--:-- | スポンサー広告 | page top↑
「広島県小1女児殺害事件」
2006 / 07 / 05 ( Wed )
以前取り上げた、「広島県小1女児殺害事件」

ホセ・マヌエル・トレス・ヤギ被告に「無期懲役」という判決が出ました。

先の「山口県光市母子殺人事件」と合わせ、日本の司法制度に対して憤りを覚える結果となりました。

様々なニュースなどで、今回の判決が「無期懲役」となる根拠なり捉え方なりを解説してはいるのですが、それにしても釈然としません。

今回の例でいうと

■被害者が複数ではなかった
■被告の前科が証拠として認められなかった
■計画性が認められなかった

などの点が指摘されています。


言葉は悪いですが「裁判ゲーム」になっているような気がします。


そもそも「死刑」というものに対して慎重になる理由は何でしょう?

「もしも、被告人が犯人では無かったら?」というあたりを踏まえて「取り返しのつかない事」であるからだと思います。(更生云々は別の話とします)


これは事件についても同様で、「取り返しのつかない事」をしてしまっているのです。


たまに、(例えば、サバンナなどで)自分の子供なり家族なりを他の動物によって命を奪われる動物達は、どんな気持ちなのだろう?と考えることがあります。


ただ、人間社会で起こる「事件」や「戦争」などによって「命を奪われる行為」というのは「その重さに見合うだけの必要性が無い」という点で、動物達のそれとは大きく異なります。


人命なり人権なりを尊重すればするほど、その重みは増してゆくものではないでしょうか?

ましてや、1人だから複数だから、というのはどう考えても納得がいきません。


そして、今回特に考えさせられた点は、「判決があまりにも早すぎるのでは?」という点です。

中途半端な判決が出るくらいであれば、もっと審議を重ねて行けば良いのに・・・と思うのです。

これは、「審議が不十分だった」と言っているのではありません。


検察(被害者の家族)側は「死刑」を求刑していました。

判決は「無期懲役」でした。


被害者の家族としては、「極刑」以外では到底納得(できないですが)できるものでは無いと思います。(その意味で、「無期懲役」を中途半端と書きました)


例えば、一通り審議が終わって、「今回は無期懲役が妥当である」という判断を裁判所が下した段階で、いきなり判決へ進むのではなく、「無期懲役が妥当」と考えている旨とその根拠を、検察・弁護側双方に指し示し、必要があればそれぞれが、更なる証拠なり資料なりを提出したり・・・ということを何度か行い(当然、時間を区切ることは必要)、それを踏まえた上での「判決」としたほうが良いのではないでしょうか?

今回に限らず、裁判-判決の流れは(外から見て)一発勝負のように見えてしまうのです。

検察・弁護側どちらかの意向に沿うものになったとしても、ならなかったとしてもそのような段階を踏んだ手続きがあったほうが良いように思います。


もう一つ、かなり極論ですが、「殺人事件」の裁判として審議される点は、「計画性が・・・・・」「残虐性が・・・・・」「責任能力は・・・・・」などではなく、被告が「犯人であったか?」の一点で良いと思っています。

事件に至るまでの、理由付けなり課程はどうあれ、罪の重さは変わらないと思うのです。


衝動的な犯行より計画的な犯行のほうが罪が重いのでしょうか?

より残虐性のある犯行のほうが罪が重いのでしょうか?

失われた人命は変わりませんよ?


到底、線引きをするところを誤っていると思います。


繰り返しますが、「取り返しがつかない事」に対しては、より厳正な対処が必要なのだと思っています。


※裁判の現場を理解しておりませんので、記事中に不適切な部分があるかも知れませんが、その点は御容赦願います。
スポンサーサイト
15:47:39 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
<<はたして、自分に「人殺し」ができるのか? | ホーム | 今日は、(いつも以上に)カタコトの日本語でお送りします。>>
コメント
--同感--

初コメですみません。
ほんまにむかつく判決。

「そのとおり!」
って記事でした。
殺したことには間違いないんじゃけぇ、ツベコベ言わず、はよあのペルー人消せ!ですね。
by: コガッチ * 2006/07/05 17:12 * URL [ 編集] | page top↑
--コガッチさん--

始めまして

コメントありがとうございます。

おそらくこの裁判は、上告されると思いますので、今後の裁判を後押しする意味での私達の動き(声)も必要なのだと思います。

※バカ丸出しのサイトではございますが、気が向いたらまた寄ってみてくださいね。
by: notty * 2006/07/05 17:41 * URL [ 編集] | page top↑
--納得しませんよね--

はじめまして。

私も今回の判決には納得いきません。
最近、被害者とその遺族の感情をを無視するような判決が多いような気がします。
司法とはいったい誰の為にあるんでしょう?
決して犯罪者を救うためのものではない、と信じたいです。

nottyさんの言うとおり、私たちが声をあげないとなにも変わらないのかもしれませんね。
by: サワコ * 2006/07/05 22:55 * URL [ 編集] | page top↑
--サワコさん--

こちらこそ、はじめまして

判決は確かに、被害者の家族の方をはじめとして、到底納得できるものではないと思うのですが、現実問題として難しい部分を持ち合わせているのかも知れません。

ただ、それを「仕方が無い」としてしまうのが、一番良くないのだと思います。

コメントいただきまして、ありがとうございます。
by: notty * 2006/07/06 15:47 * URL [ 編集] | page top↑
--うーん--

うーん。
確かに、わたしもニュースをみていて今回のことは、極刑でいいのに、と思いました。。女の子と、家族のことを考えたら苦しくなりました。。
私も、人数とか前科とかは関係ないんじゃないかと思います。でも、責任能力に関しては・・考えることも必要かな、と思います。人を殺してしまう人も、かわいそうな人です。環境とかそういうのがやっぱり関係して、その人が形成されたわけだし、、大人になってからならその人が悪いけど、子供のときの環境って選べなかったりするから。・・とは思うけど、やっぱ許せないですね。うーん。
by: ponchoco * 2006/07/06 23:30 * URL [ 編集] | page top↑
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://notty.blog33.fc2.com/tb.php/123-034d3761
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。