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はたして、自分に「人殺し」ができるのか?
2006 / 07 / 06 ( Thu )
昨日の記事に引き続いて、「広島県小1女児殺害事件」の判決(無期懲役)に対する、考察を書きたいと思います。


はっきり言って、昨日とは逆のようなことを書きます。


昨日は、「無期懲役」という判決結果とその判断根拠に対して批判的な記事を書きました。


人命を奪う行為に対しては「極刑(求刑がその場合は特に)」が相当では?

ということでした。


ここで、考えたいのは・・・

「果たして、自分に他人の人命を奪うことができるのか?」

という点。


たとえ自分の選択した仕事であれ何であれ「死刑」を宣告する裁判官というのは、このことを自ら「決断」しないといけないのです。

合法であって、(仮に)周囲の賛同を得られたとしても

「他人の命を奪う」

ということを自ら「決断」するのです。


「自分が、他人の命を奪う」ということを、本気で考えて、想像してみてください。


おそらく、自分が被害者ないしその家族の立場に立つことを想像する事は抵抗無くできるのではないでしょうか?
しかしながら、自分が(犯人でなくとも)「他人の命を奪う」ということを本気で考えたことがあるでしょうか?

恥ずかしながら私は、今回の事件(裁判-判決)で初めてこのことを考えました。

そして、自分は今まで「様々な方向から物事を考える」ということから逃げていたことに気付きました。


おそらく、(他の事件を含めた)相当数の「裁判官」の方たちは、このようなことを散々考え、想像し、悩みぬいたことであろうとを推察します。


私の場合は考えるだけですが、当事者の方達はこのことに現実に直面しているのです。


一度しかない自分の人生の中で、果たして「人殺し」ができる人がどれだけいるでしょうか?


自分やその家族の命を守るわけでもなく、遺恨があるわけでもない・・・


自分(およびその家族)が、「人命を奪った」という事実を背負って生きて行く。という決断を迫られるのです。


このような判決が出るたびに、「裁判官は世間と感覚が違う」などというような意見や記事を目に耳にする機会がたまにあります。

でも、私は(裁判官個人に対しては)そうは思いません。


昨日も書きましたが、取り返しのつかない・・・という点で「死刑」が確定されるというのは極めて最終的な意味合いを持っています。


常識的な人であればあるほど、こういったことに対しては躊躇してしまうのが当然だと思うのです。


その意味を考えれば考えるほど、認識すればするほどに「その重み」は増してゆくのではないでしょうか?


それほどまでに、「(誰にとっても)厳しい判断である」ということを私達も知らなくてはならないと思います。



でも、



それでも・・・



やはり、「人命を奪った罪」というものに対しては、その重みを考えれば、極めて厳正な対処が必要である。と思います。



無論、私自身の考えが「正しい」とは思いませんし、異なる意見もあると思います。

それは、このような記事なり情報発信をする方が、自身の考えを述べれば良いと思うのですが、大切なのは、こういった事に対して「反応すること」、たとえ小さくとも「アクションを起こすこと」ではないかと思います。


例えば、今回のような(異なる内容を含む様々な)意見が多数集まった時には、どのような方向性になるにしても、どこかのタイミングでこのような判断を迫られた場合の「何らかの後押しになるかも知れない」と考えます。


ずいぶん偉そうな書き方になってしまいまして、申し訳ありませんでした。
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難問。 加えて世の中には大量殺人者を英雄として称える「戦争」というシステムもある。 答えはなかなか見当たらない。 本当にオタクでも山へ登れるのか?【2006/07/08 11:39】
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